制服について伺います。
昨年の私の質疑がキッカケとなり、この春から全区立中学で、制服選択が可能になることを歓迎します。制服の選択に理由を問わず、学校の許可を必要としない姿勢も評価しています。
しかし、従来、男女各1種類だった制服の強制が、男女とも2種類の強制に増えるだけでは不十分だと考えています。そこでまず、基本的な部分から確認します。

区教委が「制服」という表現を好まずに、公式には「標準服」と呼ぶ理由は何でしょうか。
私はこれを「制服」という呼称では強制性を帯びるので適切ではなく、単に着用を「推奨するもの」との建前から「標準服」という呼称を用いていると理解しています。
この理解で正しいでしょうか?

昨年の予算質疑でも、かつての砧中学で起きた、制服着用の強制について触れました。
かつて同中学では、男性のアイデンティティを持った性同一性障害の生徒にスカートの制服着用を繰り返し強要し、生徒は不登校になりました。お母さんが性同一性障害があると懸命に伝えても、学校側は聞く耳を持たず、生徒は居場所を失い、髪を染めるなど荒れ、果ては教護院に入る事態にまでなりました。
制服着用が義務でないというのなら、どうしてこのような強要が起きるのでしょう?
区教委の述べる建前は、単なる建前で、現場の感覚、運用とはまるで違う。
「制服着用は義務ではない」 その基本的立場への理解が現場に欠けたままだから、このような事態が起きたのではないですか? 制服着用を絶対視しない、理解の徹底を図るべきではないのですか、いかがですか?

今話題の桜丘中学では制服は着ても着なくてもいいそうですが、区教委に伺うと制服を全く着ない生徒も、崩れた服装の生徒もほとんどおらず、生活指導上も大きな課題がないといいます。しかし同校以外に「着ても着なくてもいい」区立中学は存在しない。つまり同校以外で制服は依然、着なければならないものであり、強制です。

区教委に伺うと、もちろん性同一性障害など特別な理由がある場合は、各校とも制服以外の着用を認めるといいますが、現状は、「制服でお困りの際はご相談ください」のご案内のひとつ、存在しない。裏を返せば、生徒側が相当な勇気を振り絞り、イレギュラーな形で相談し、学校側から特に認められるでもない限り、制服の強要は続くことになる。

相談の敷居があまりに高くないですか? 区教委として、制服着用が本当に義務でないというのなら、その基本認識は保護者にも伝えられるべきですし、ご相談に応じる姿勢も明示されて然るべきと思います。この2点、改善するべきではないですか?

最後に教育長に伺います。

本来、「制服を着るのが嫌だから」との説明でも十分、制服を着ないでよい理由になるのではないですか。義務教育期の公立学校で、本人が嫌がる服装を毎日学校が強いるだけでも本来、十分、人権に触れる問題があるのではないでしょうか。

なぜ嫌なのか、掘り下げればもちろん理由は出てきます。
しかし、それを述べさせることは性同一性障害の生徒ならカミングアウトの強要を意味します。宗教上、肌を見せたくないムスリムの子なら、本人、家族の信教の告白を強いることに繋がります。あざのある子も、傷のある子も、アトピーの子も身体的コンプレックスや医療情報の開示を迫られることに繋がります。制服の着用は義務ではないといいながら、なぜ執拗に内情を問い質すのか、理解に苦しみます。

私も、学校に相応しい服装はもちろんあると思います。しかしそれは何も制服2種類だけではないはずで、もっと幅があってよいと思うのです。それを考えさせることこそ本来の教育で、嫌がる生徒に同じ服装を強要し、理由を問い詰めるのは違うと思います。
ご見解を伺います。