◆上川あや

LGBT理解増進法をめぐる風説と、その実際について伺います。

さきの定例会の一般質問で私からは、百年前の関東大震災時、朝鮮人が井戸に毒を入れた等のデマを信じた人々が、ここ世田谷でも、無辜の朝鮮人を襲い、惨殺した事件を取り上げ、デマを野放しにしない適切な対処を区に求めました。
そして今、LGBT理解増進法の成立の前後から、心は女だと申告をすれば、男性でも女湯に入れるようになるなどといったデマが盛んに流され、他の自治体の議会では、偏った指導で子どもを同性愛へと誘導しかねないなど、全く医科学を無視した議会質問があったと報じられました。こうしたデマの野放しは危険です。

特に議会は、事実に即して議論を深め、施策を積み上げる、そのような場であるべきです。そのような懸念から、さきの定例会で他会派からあった、LGBT理解増進法の慎重な運用についてと題した質問を軸に、事実は何かを問いたいと思います。

第一に、同会派の質問で、アメリカではLGBT差別禁止という規範が様々な問題や混乱を生み出しているとしましたが、理解増進法と対比する法として適切であるのかどうか疑問です。
そこで、法規を所管する総務部に問います。LGBT理解増進法は理念法であり、1、対比されるような差別禁止規定自体が存在しない、2、性自認が女性だと言えば女子トイレや女性浴室、女子スポーツへのアクセス権が認められるなど権利付与の規定も全くない、3、事業者等に対し具体的対応を義務づける規定もまたないとの理解でよいでしょうか。

第二に、性的自認や性的指向を理由とする差別禁止の規定は様々な問題や混乱を生むとの指摘がありましたが、今述べたように、日本では国レベルでLGBT差別を禁止する法律はない一方、全国約七十の自治体に性自認、性的指向への差別を禁じる条例は存在しています。
世田谷区の多様性を認め合い男女共同参画と多文化共生を推進する条例及び都のオリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例にも同様の規定がありますが、そのような混乱がないかどうかを確認します。

条例所管部に問います。今挙げた都条例、区条例の施行から五年以上が経過しましたが、この間、同会派が挙げた次の事案の発生について把握はあるでしょうか。
 1、児童への過度な性教育、価値観の押しつけ、女性と子どもの権利侵害、性犯罪の増加など教育面の問題。
 2、ママ、パパという当然使う言葉の禁止、スポーツ界におけるジェンダー問題、トイレや公衆浴場の混乱など、多様な文化が破壊される問題。
 3、子どもが性転換手術を希望すると親を止められず、止めると虐待になることや、拙速な手術に対して、成人してから当事者が医者に訴訟を起こすなど医療面の問題、併せて答弁を求めます。

第三に、性的指向や性自認を、本人意思や他者からの介入により変えられるかどうかの恣意性について、厚労省はそのリーフレットで、性的指向や性自認は、本人の意思で選択したり変えたりできるものでも、矯正したり治療したりするものでもなく、個人の尊厳に関わる問題として尊重することが大事と明記し、同趣旨の司法判断も複数あるのが現状です。
台東区議会では、性的マイノリティーへの理解を深める学校教育に関する一般質問で、偏向した教材や指導があれば、同性愛者へ誘導しかねないなどと発言した議員が同発言を撤回し、陳謝したと報じられました。
また、本件に関し台東区教委は、性的指向や性自認は誘導できるものではないと明確に答弁しましたが、区教委の見解はいかがでしょうか。

第四に、区では世田谷区障害理解の促進と地域共生社会の実現をめざす条例や世田谷区多様性を認め合い男女共同参画と多文化共生を推進する条例に基づき、障害者理解や多文化共生、性の多様性理解のための教育に取り組んでいくことが、第二次教育ビジョンにも第二次男女共同参画プランにも明記をされています。この方針は揺るがせにせず粛々と続けていくべきと求めますが、区教委の方針を問います。

第五に、性自認や性的指向を理由とする差別禁止の法規定がトイレや公衆浴場などの女性スペースを危うくするとの指摘もありましたが、トイレはそもそも個室である上、合理的な区別、配慮は差別でもないし、公衆浴場も厚生労働省要領で、男女に分けると定められ、ここで言う男女は、身体的特徴の性をもって判断すると、その取扱いが示されています。
つまり、理解増進法の成立や都条例、区条例の有無にかかわらず、その取扱いは変わらず、いたずらに不安をあおる言動を認めるべきではないと考えますが、保健所の見解はいかがでしょうか。

第六に、旭小学校における人権尊重教育に関し、小学生の段階で必要なことは、生まれ持った性別に変わっていくことを真摯に受け止めることではないかとの指摘もありました。
学校現場における性の多様性をめぐっては、文科省から三つの通知文が発出をされています。それらを踏まえ、さきの最高裁判決(令三(家)第三三五号)では、性同一性障害に係る児童生徒について、個別の事案に応じ児童生徒の心情等に配慮した対応を行うことを求め、教職員が偏見をなくし、理解を深めることが必要とし、取組を進めていたところであって、このような学校教育における取組は、その後現在まで継続されていると認定をされております。
この政府方針、司法判断を踏まえれば、前出の他会派の求めは真逆となり不適切です。区教委は、その子の人格の一部をなす性自認を否定せず、児童生徒の心情にこそ寄り添うよう求めます。その対応方針を問います。

最後に、区はデマや根拠のない言説に惑わされることなく、世田谷区多様性を認め合い男女共同参画と多文化共生を推進する条例や、世田谷区障害理解の促進と地域共生社会の実現をめざす条例に掲げる理念の実現に向け、揺るぎない信念を持って区政の推進に当たるよう求めます。区長の見解を問います。

続けて、以下、質問ではないものの、放置するべきではない誤った言説等について、私が把握した事実に触れておきたいと思います。

まず、前出の他会派の質問では、パネルを用い次のような強調がありました。アメリカでは、LGBT差別禁止という規範が様々の問題や混乱を生み、反LGBT法案が二〇二三年で四百十七件と急増しております。見ていただいたら分かると思います。法案見直しへと方向転換する動きが出ております。
議員に確認しますと、同パネルは、本年四月六日、CNNが報じたものと同一であるようです。同報道を確認すると、確かに法案の提出数そのものはそのとおりです。しかし、より重要なのは、うち何本が成立したかではないでしょうか。同記事によると、成立は僅かに二十四本、五・八%にすぎません。
次に、差別禁止という規範の結果、「文化面ではママ、パパという当然使う言葉が禁止されるなど言語文化が破壊される」と大仰な指摘もありましたが、これもまた誤認でしょう。

確かにアメリカ下院は二〇二一年に下院規則第八号を可決し、一方の性別に偏らないジェンダーニュートラルな語彙を採用しています。しかし、それらは家族、親族の表記で、特にジェンダーを特定せずとも困らない場面では、院として、より汎用性の高いジェンダーニュートラルな語を使うとの趣旨で、「妻」や「夫」は「伴侶」に、「母」や「父」も「親」でよいとするものですが、個々の議員が議会でどういった表現をするかは全く自由であって、禁止や制約はなく、ましてや民間を縛るものではないということです。
当時、共和党の議員が言語文化の破壊などというデマを発信しましたが、ワシントンのメディアがすぐにこれを否定しております。

最後に、さきの質問にあった「性転換手術」という表現も、今日、公的場面での使用は不適切でしょう。性自認は人格の一部をなし一定で、転換などしませんし、下半身の手術で逆の性別になれるわけでもありません。つまり、実態に即さぬ上に当事者を不快にする、傷つける表現です。
このため、政府も医学会も、もう二十年以上「性別適合手術」との表現を用いています。本件に限らず、私を含めて議員であれば、配慮ある言葉選びをしたいもの、そのように考えます。
以上を申し添えて、私の壇上からの質問を終わります。

◎保坂 区長

上川議員にお答えをいたします。
 
LGBT理解増進法をめぐる風説と実態についてというお尋ねをいただきました。
世田谷区では、平成三十年に世田谷区多様性を認め合い男女共同参画と多文化共生を推進する条例を制定し、個人の尊厳を尊重し、年齢、性別、国籍、障害の有無等にかかわらず、多様性を認め合い、自分らしく暮らせる地域社会を築くことを掲げ、性の多様性の面では、理解の促進及び日常生活の支障を取り除くための支援を条例施策として規定し、パートナーシップ宣誓書受領制度など、人権尊重の視点に立った積極的な取組を全国に先駆けて進めてまいりました。
また、令和四年に制定しました世田谷区障害理解の促進と地域共生社会の実現をめざす条例には、様々な状況及び状態にある区民が多様性を尊重し、価値観を相互に認め合い、安心して暮らし続けることができる地域共生社会の実現を掲げ、取組を進めています。
これらの条例が目指す共生社会の実現には、全ての人々の人権は平等であり、その尊厳は最大限尊重されるべきということが根底にありまして、LGBTQの当事者の権利と女性の権利は何ら対立するものではなく、当事者の権利と、それ以外の方の権利は本質的に相対するものでも比較、選択するべきものでもないと考えます。
こうした考えや条例の理念にのっとって、全ての人々がひとしく基本的人権を享受する、かけがえのない個人として尊重され、不当な差別的取扱いを受けることなく、互いに人格と個性を認め合いながら共生する地域社会の実現を目指してまいります。以上です。

◎池田 総務部長

私からは、LGBT理解増進法について御答弁いたします。

LGBT理解増進法は、性的指向及びジェンダーアイデンティティーの多様性に関する国民の理解の増進に関する施策の推進に関し、基本理念や国、地方公共団体の役割、基本計画の策定などについて定めることを目的とした、いわゆる理念法とされている法律であり、御指摘のとおり差別の禁止規定や権利付与の規定、事業者に具体的対応を義務づける規定は設けられておりません。以上でございます。

◎渡邉 生活文化政策部長

私からは、条例に関し差別禁止の規定があるか、また、懸念した事件が発生したかについて御答弁申し上げます。

議員御指摘のように、世田谷区多様性を認め合い男女共同参画と多文化共生を推進する条例においては、何人も生物学的な性別及び性自認並びに性的指向の違いによる不当な差別的扱いをすることにより他人の権利利益を侵害してはならないとする規定、また東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例においては、都、都民、事業者は、性自認や性的指向を理由とする不当な差別的取扱いをしてはならないとする規定があり、それぞれの条例で差別を禁止し、五年以上が経過しているところでございます。
この間、差別の禁止規定があることによりまして、教育面、多様な文化の破壊、医療面における問題が起きていないかとのお尋ねにつきましては、区内で具体的な事案が発生したという事実は、庁内関係所管にも確認いたしましたが、把握してございません。以上でございます。

◎小泉 学校教育部長

私からは、LGBT理解増進法に関して三点お答えいたします。
 
最初に、性的指向や性自認の誘導に関してお答えいたします。
議員御指摘のとおり、厚生労働省では、性的指向や性自認は本人の意思で選択したり変えたりできるものでも、矯正したり治療したりするものではないとしたリーフレットを作成、周知しており、区教育委員会もこの見解に立ち、児童生徒への対応を行っているところです。
性的指向や性自認については、教職員が個人の尊厳に関わる問題との認識に立ち、正しい理解を深めることにより、全ての児童生徒が自分らしさを発揮し、生き生きと学校生活を送ることができるよう一人一人の個性を尊重していくことが重要です。
また、児童生徒に対しては、社会において不合理な偏見や差別が生じる可能性があることを踏まえ、それぞれの発達段階等に応じて基本的人権に関する理解と認識を深め、偏見や差別を解消する意欲を持たせるよう指導していくことが必要であると考えます。
 
次に、障害者理解や多文化共生、性の多様性理解のための教育に取り組んでいくことへの対応についてお答えいたします。
議員お話しのとおり、障害者理解教育や多文化共生教育、性の多様性理解のための教育につきましては、第二次教育ビジョンに続く現在策定中の教育振興基本計画においても、児童生徒に他者を思いやり、尊重し、違いを認め支え合いながら生きていくための資質や能力を育むことを教育の柱として推進することを位置づけております。
多様性を尊重しながら共に学び、共に育つインクルーシブ教育の考えに基づき、文化や言語、国籍、年齢、性別、LGBTQなどの性的指向及びジェンダーアイデンティティー、障害の有無等にかかわらず、あらゆる他者との違いを受け入れ、認め合いながらコミュニケーションを図る活動を、教育活動全体を通じて推進してまいります。

最後に、その子の人格を否定せず、児童生徒の心情にこそ寄り添うことについてお答えいたします。
文部科学省の通知において、性同一性障害に係る児童生徒については、学校生活を送る上で特有の支援が必要な場合があることから、個別の事案に応じ、児童生徒の心情等に配慮した対応を行うこととされております。
この趣旨を踏まえ、区教育委員会といたしましては、児童生徒の人格の一部である性自認の在り方を否定したり、戸籍上の性別で着用する服装等を強要したりすることがないよう、各学校を指導しております。
また、着替えやトイレなど学校生活における各場面において、その時々の状況に応じて支援を行うことを周知徹底しております。
また、学校においては、いかなる理由でも、いじめや差別を許さない、適切な生活指導や人権教育を推進するとともに、学校において複数の教職員で見守る組織的な支援体制を整えるなど、不安や悩みを抱える児童生徒の心情に寄り添い、相談しやすい環境を整えるよう努めております。
引き続き全ての児童生徒の心情に寄り添い、児童生徒が自分らしさを発揮し、生き生きと学校生活を送ることができるよう努めてまいります。以上でございます。

◎向山 世田谷保健所長

理解増進法との関連で、保健所と関連します見解をお答え申し上げます。

理解増進法につきましては、国会審議の中で、同法は理念法であり、女性用の施設の在り方を変えるものではない、人々の行動を制限したり、何か新しい権利を加えたりするものではないと示されております。
差別を禁じる都条例、区条例との関わりでも、また、保健所で所管する公衆浴場条例も含め、合理的な区別は残り、トイレや公衆浴場におけるこれまでの運用に変化はございません。
トイレの場合、女性用には個室がありますし、全身を露出する公衆浴場も、厚生労働省が定めた公衆浴場に関する衛生等管理要領等で男女を区別すると書かれ、ここで言う男女は自認する性別ではなく、身体的特徴から判断されています。また、その扱いは理解増進法の施行後も変更がないことを確認しております。
同法成立の前後で、トイレや公衆浴場の運用に変化はなく、女性スペースが危うくなるという御懸念には当たらないと考えてございます。私からは以上です。

◆上川あや

それぞれ御答弁ありがとうございました。語られます風説に根拠があるのかないのかは、今聞いていただいた御答弁のそれぞれから、皆さん御判断いただけるものと思います。

区も区教委も、デマに惑わされることなく、毅然と自らがなすべき義務を執行するべきですし、積極的に、デマがあれば、それを打ち消しにいくといった姿勢を改めて求めたいと思います。
以上で私の質問を終わります。