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あや流!一期一会日記(4月
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4月25日

先月末からの年度替り。

世田谷区では大幅な組織改正もあって、区役所庁舎内では大規模な部署の配置換えがあった。

先の予算委員会で私からは、庁舎のロッカーや書棚の整理を強く求めていた。

区議会のある第2庁舎では、1階、2階の廊下にズラリと並んでいた職員私用のロッカーが大多数撤去・移設され、2階のロッカールームも事務スペースに衣替え。

私の質問に対する区の答弁は一応履行された格好であるが、結果を見ると決して満足すべきものとも思えない。

撤去された私用ロッカーの跡スペースには、代わりとなる巨大な収納棚が設置された。

棚は天井に迫る高さがあり、ノッペリと灰色一色。

味も素っ気もない金属性の背面だけが区民が行き交う通路に食い込むカタチで並んでいる。

正直な感想を言わせてもらえば、雑然さや倒壊、物品落下のリスクこそ低減されたものの、これまで以上の圧迫感。

これが果たしてこれが質の高い庁舎管理の手法なのだろうか???

古い限られた庁舎の中をどう利用するのか困難な課題もあるが、これで満足しているのかどうか?

あらためて見解を問いたくなってくる。。。

また、2003年6月におこなった私の初質問議会の結果、従来、ほとんど全て日本語だけで行われていた庁舎案内の中身を改善し、日本語を母語としない区民に配慮して、各課頭上の課名表示、各階ロビーのフロア案内板、エレベーター内の部署案内などに英語併記が進められていたのに、今回の各部署の引越し後、新たに書き換えられた案内表示のたぐいには日本語しか書かれていないものが多数。

各フロアの案内板には、単にワープロ印字した紙が雑然とテープ止めされていたり、空気を含んで見苦しい状態のシール張りで応急的な処置がなされているが、今後これ以上に作り直すのかは謎。

たびたび組織改正を繰り返している区政のことだから、余分な費用はかけられないという判断もあるとは思うが、いずれにせよ日本語でしか表示していない。

エレベーター内のフロア案内についても以前は英語併記があったのに、新たなエレベーターでは、これも日本語案内だけに退行している。

今年3月1日現在、区自身が受付・管理している区内の外国人登録者数は、1万4323人。

彼らもきちんと税を払い、区役所に窓口がある国民年金や国民健康保険に加入している立派な区民である。

万単位でこうした外国籍の区民を抱えていながら、どうしてこうも感覚が鈍いのだろう??

また、議員から複数言語表示が必要だとの指摘を受け、一度はその必要性を明確に認め善処した区であるのに、担当者が入れ替わればすっかりその必要性が忘れ去られている。

役所の意識変革が縦割りで局所的、しかも指摘を受けた管理職が椅子に座っている数年間の期間限定では本当に困ってしまう。

「喉もと過ぎて熱さを忘れる」とはこのことではないのか?

一つの部署に数年間、席を置きようやく積み重なった経験が活かされるというその時、移動ということがどれだけ多いかが気に掛かる。

やりがいを覚え、いきいきと働いているなぁと感じさせてくれた職員が、突然、まったく関心や経験もない部署へ飛ばされているのを見るにつけ、役所は一人ひとりの人間の人生やキャリア形成をいったいどう考えているのだろう??とギモンが湧く。

本庁から支所、出先機関、関係団体へ。あるいは人事交流と称して他区へ――政治的な理由で人が飛ばされているなんて観測も役所にはゴロゴロとある。

実際、公務員の友人、知人にこうしたギモンをぶつけると、こうした役所の慣例に疑問符をもつ人が少なくない。

メリットとデメリットは数々あれど、役所の慣習、慣例、そして何を目的に誰を配置替えしているのか?冷静に見つめる必要があるのではないか、と思う。

□   □  □

おまけに、もう一つ小言を。

つい先日、の世田谷区民会館の横にこれまでにない庁舎案内板が設置された。
「こんなの作ったんだ〜^0^。どれどれ…」と観察してみるとこれまたギモンが…。

まず、点字で触地図を作ってあるのは良い。

良く見ると触地図の下部にはスピーカーが内蔵されているらしい。

どうしたら音声がでるのか分からないけれど、まぁ配慮と工夫なのでしょう。。

さて触地図の横には、巨大な立て看板。

五十音順に部署名が並び、庁舎配置が分かる地図とともに、部署の配置が記載されている。

むろん、五十音による部署案内は全て日本語である。

外国語は英語すら無い。

利用頻度の高い「主な手続き・申請受付窓口」が特記され、各種手続きとその担当課、庁舎内の所在地が表示されているのは一工夫として良い。

この中には、冒頭『外国人登録 Alien Registration→地域窓口調整課 外国人登録係 Regional Administration Affairs Division (Alien Registration Section) 第3庁舎 Setagaya City Hall Bldg.No.3 1st.Floor』とある。

これは一目瞭然、2言語表示で一貫していて情報提供として意味がある。英語だけとはいえ積極的に評価していい。

でもなんで、他の頻度の高いサービスは英語で表示しないのか?

印鑑証明も区民税の相談・申告・納付も、バイクの登録・廃車も、年金や健康保険の相談も外国籍区民に必要なサービスである。

おかしなことに、サービス案内は日本語のみ、しかし担当部署のある建物とフロアだけは英語併記。

両者が連動していなければ何の意味も無い案内に唖然…。

良く見ると新設された時点で既に、表示内容の誤りにシールが貼られている。。。とほほ。

お金をかけて見栄え良い案内表示を作るのも、質が高ければ悪いことではないのだが…。

なんだかちょっと眺めただけでアラが目立つ気がするのは私だけなのでしょうか???

4月24日

朝から文教委員会に出席。

今日は請願審査が1件。報告事項が7件。

新年度初めてとなる文教委員会の開催。

まずは教育委員会事務局から新任の理事者(管理職)が説明される。

実に新任担当者が全体の半分近い。。。
春は役所相変わらずの人事大移動のシーズンである。

素朴なギモン、本当にこんなに頻繁に人をかき混ぜる必要があるのだろうかと改めて思う。うーむ。。。

今回の請願は「子どもたちの放課後をより充実させるため関係各所との意見交換ができる場の設定を求める陳情」。

放課後の安全対策や新BOPの更なる充実にむけ、地域の関係者間での話し合いの場の設定を願うもの。

開催の頻度や陣容については、陳情文章に例示はあれどあくまで例示。今後の内容を細かく縛る要望文書とはなっていない。

陳情にあたり党派性が見え隠れしない分、委員会での各会派も素直に受け取れるし、文面も説得力・バランス感覚ある内容だと思う。

委員会を「休会」として、慣例通り10分以内の説明。

その後、議員からの質問がしばし続く。

そもそも「休会」として陳情者の発言、議員からの質問や突っ込み――場合によってはロコツに風当たり厳しいツッコミが入る――が議事録に残らないというルールもどうなのか?と私はギモンに思っている。

ようやく委員会が「再開」され、教育委員会事務局から要望に対する考え方の表明があり、議員からの質疑と態度表明。

所管はその「必要性は認識している」との考えを表明した。

自民、公明、区民連、政策、無所属の青空さんが趣旨採択の意見。

私は今回の陳情者の願意は地域の保護者として当然だと思うし、区民の意見を各所管が自ら積極的に足を運んで聞くこと、区民の意見を聞く手法に十分な配慮がほしいと議会で繰り返し取り上げ、提案もしている立場でもある。

陳情内容は今後の運営方法を細かく記述して役所の手足を事細かに縛るものとはなっていないので「そのまま聞いて差し上げてよいのではないか」と見解を述べて「採択」を要望した。

報告事項への意見、質問もけっこう出されて終了したのは12時すぎ。

他の委員と昼食をとって控え室で仕事。

夜7時すぎ、同僚議員と豪徳寺まで帰る。

夕食の買い物袋と仕事カバンを提げて、予算委員会の質疑でヒントをいただいた商店街のご主人にその後の状況報告。

いつもより早めに夕食をいただいたら、夜をゆっくり過ごすことができた。

4月14日

昨夜は一年生議員でつくる一期の会(いちごのかい)に出席。

夕方、政務調査費の収支報告書を議会事務局に提出。

同僚議員と連れ立って移動。会場入り。

たどり着いてみれば、そこにいたのは議員だけでなく区の職員も多く参加している。

そうと知らない私のいでたちはジーンズにセーター。浮いてる〜(その後、何人かは普段着でホッとしたけど^ ^;)。

普段はなかなか見えないその人それぞれの「意外な顔」が垣間見えたり、それなりに楽しかった。

予算案に賛成しながらも、会派意見では手厳しく区政への苦言のオンパレードだった私。

議会開催中は緊張感ただよう関係である職員とも、肩の力を抜いて話せるとフランクでいい感じ。

議員と課長職数人で駄ばなしに興じているとたびたび「上川さん、ここで突っ込んで!突っ込んで!」と同期から野次が飛ぶ。^^;

どうも議会活動を通して、私にはするどく切り込むイメージが定着しているらしい。^ _^;

2次会はカラオケを敬遠した4人の議員でマッタリと飲み。

その後も2人でマッタリと居酒屋で話し込む。

議会にはいろいろな議員がいる。
内心《ちょっとどうなのよ…(~ヘ~;) 》と思う議員がいないといえばウソになる。

でも《ホントにこの人いい人なんだなぁ…》とか《すごい尊敬しちゃう!》とか感じさせてくれる人がいるのも事実。

一期の会の飲み会も今回を一区切りとして、当面お休み?の予定。

改選選挙も近づいてくる。

思惑が行き交うなかで各会派の議員からなる一期生の集まりも難しくなるということか。。。

議員の同期はライバルでもあるけれど、これからも一緒に成長していけたら議会でもいろんなことが変えられそうだな、とあらためて思った。

4月12日

11日の議会の広報小委員会を皮切りに、議会活動も再始動。

自宅に「区議会だより」案を持ち帰って、ほぼ全体にわたって自分の言葉で内容を書き直し。

17日の同小委員会、議会運営委員会に備える。
ヨーロッパから連続して招聘されていた会議出席で、お待たせしていた連絡事項の処理も終えて一息。

夜は下北沢で外食。

ひさしぶりに焼肉など食べる。歩いて自宅に戻る。

途中、完成したばかりの梅丘のだれでもトイレを視察。

評価できる点と、ちょっとこれはどうなの…?と思う点とあり。

これまで繰り返し議会質問でその整備を求めてきた、オストメイト対応(人工肛門・膀胱の使用者)については、簡易型でなく特製の汚物流しがついている分、高く評価できると思った。

その存在をしめす図案・標準化されたピクトグラムがあるのも良し。

しかし…温水設備がない様子。

体表部の洗浄などが必要になることもあるだろうに、これはどうなのか…?とかなりのギモン。

「だれでもトイレ」はいいけれど…視覚障害者にとってやっぱり内部の構造は分かりにくい。

触地図や音声案内があるならともかく「何もない」。同伴者の説明でもない限り、手さぐりで設備をさぐるということか…?

また、トイレを設置した敷地内には視覚障害者用誘導ブロックが設けられていた。

一応JIS規格に基づくもののようだけれど、悲しいかな敷地境界の内側にしか敷設していない。

接続する歩道は新たにアスファルトが敷設され、車道との境目(いわゆる四つ角的な部分)には誘導ブロックが敷設されているというのに、なんで目の前の公共トイレとの連続性を考慮しないのだろう…?

非常時用の押しボタンが押された場合、そして利用者が30分間入ったままの場合、自動的に外部の非常灯が点滅し、管理者に連絡が行くシステムになっているようだ。
これはこれで必要な設備だし、自動通報というシステムも画期的。

基本として良いと思う。

でも非常通報のボタンに点字などの案内はない様子…。ううむ。。。

大いに可能性あると思うんだけど、視覚障害者の人などが水洗ボタンかな…?と考えてこれを押してみたら、非常ボタンで突然騒ぎになるのかしら? 

トイレの内部には、間違って押した場合の取り消しボタンもあったけれど、かけ離れた場所でしかも高い位置に設置されている。

そしてこれにも点字などの案内はない様子。

トラブルになったとしてこのボタンの存在に気付ける可能性は極めて低いと思われる…。

第一このボタン、この高さで車いすの利用者に届くのかしら…?

更にいうと、トイレ入り口ドアの上の蛍光灯、まったく灯っていない。

自動点灯かと思い近づいてみても点かない。

実際中に入って使用してみても一向に点灯の気配はない。

いったい何のためにある蛍光灯なのだろう??

うーん。まだ担当者に詳しく説明を求めてないし、にわかな断定もどうかと思うけれど、数分、施設を眺めて見ただけで疑問点がゾクゾクと出てきてしまった。

完全を求めたらキリがないかもしれないけれども、うーむ…という感じです。

管理担当者、管理職の方はどこまでこの施設を見たのだろう。そしてこれで満足しているのだろうか?? 

施設整備マニュアルなんて立派なものがあるけれど、何だか更なる考察が必要なのではないか?と不安は深まるばかり。

もちろん明日担当者と話をするつもり。

なんだかなぁ…と今日もトホホ。

4月4日

8時起床。

午後1時過ぎまでMiguel宅のパソコンデスクで仕事。

午後3時、友人に会うためバスに乗って中心街のBelairへ。

周辺の路上では、国民投票に持ち込むための署名を呼びかける人々の姿などもあって興味深くながめる。
現地在住のジュンコさんと待ち合わせ。

一昨年以来の積もる話に花が咲く。

夕方、晃一さん合流。

その後、友人Yvesが議員を務めているジュネーブ市庁舎・議会へと向かう。

市議会は元の城壁のなか、旧市街にある。

歴史の重みを感じる庁舎には、馬に乗ったまま階上にあがれるように石畳のスロープが付いていてビックリ。

夜には、おっつんたちも合流。

Yvesの所属会派の議員と連れ立って夕食をとる。

夜8時半に再開された市議会を傍聴。

「東京からきたトランスジェンダーの議員、上川あやさんです」(だと思う^_^;)

「大阪からきた同性愛者の議員、尾辻かな子さんです」(だと思う^_^;)

――みたいな紹介が議長からあって議席から多くの拍手をいただいた。

とはいえ、セクシュアルマイノリティの政治家はこの地では特段、珍しくはない。

まず、ジュネーブ市長がゲイであるらしい(取り立てて公言こそしていないが、市民も周囲の人たちも皆そう思っているとのこと)。

そして市議会議長は堂々、自ら公言するレズビアンである。

そして判っているだけでジュネーブ市議会議員80人のうち13人は同性愛者なのだとか。

「ジュネーブではあらゆるレベルで同性愛者が活躍している。トランスジェンダーの議員はまだいないけどね」とYvesは笑う。

傍聴した議会の様子も大いに違っている。

議員80人のうち出席しているのは60人くらいか。

しかも議場のドアは開きっぱなし。

出入りは自由で常に議員が出入りしている。

自席へのパソコンの持ち込みは自由。

議場を歩き回って話し込む議員もいる。

時にお菓子を振る舞ったり、本を読みふけったりずいぶんと自由なものだ…。

採決は押しボタン式。即座に議場上部のスクリーンに投射される。

次々と採られる採決、議員からの積極的な発言…。

日本の形式的な議会運営との違いに考えさせられることも多かった。

議会運営のあり方は、議員が決めるのが原則。

そのために議会運営委員会があるけれど、実際には事務局職員の書いたシナリオを踏襲することが日本の地方議会では多いだろう。

世田谷区議会も例外ではない。

より柔軟に変えるべきという意見があるものの、議会運営委員会での議決権をもつ会派には波及していない現実がある。

会議が夜10時、11時まで続くことも少なくないのだとか。

いやはや刺激的…考えさせられることの多い、市議会訪問でした。

4月3日

午前10時。ステイ先から歩いて国際会議場へと向かう。

今日は30日から開かれていたILGA世界会議の最終日。

私のスピーチは同会議のFinal Plenary Session?Closing Keynote Speechesの最後、オオトリである。

会議日程は大幅に遅れ気味。

その間、日⇔英の同時通訳を務めるYukikoさん、日⇔仏の同時通訳を務めるCatherineと最終的なスピーチ原稿の編集、用語の検討、間合いの取り方の確認などを行う。

Final Plenary Sessionはかなり遅れてスタート。

地元ジュネーブ市議会議長Catherine Gaillard(彼女もレズビアンを公言している)のスピーチに続いて、私もスピーチ。

トランスジェンダーを取り巻く日本の社会背景と簡単な歴史、過去10年間に起こった急速な環境改善についてお話する。

何とか指定の時間きっかりに終了。

通訳も順調にいったようで、参加者からの反応も上々だった。

今回の会議ではセクシュアルマイノリティをめぐる各国の現状が語られたが、同性愛やトランスジェンダーであるというだけで、偏見から職を解かれる、暴力を振るわれる、投獄されるといった過酷な話が多かったという。

それだけに「最後に希望の持てる話を聞くことができてとても良かった」という感想を多くいただいた。

役目を終えてほっとした。

夕方までYukikoさんと散歩。

レマン湖畔を歩いて、本屋さんなどを冷やかした。

Yukikoさんと私の親友が友達だったことが判明してビックリ。

世界は狭い (^_^;

じっくりお話をすることができて何だかとっても癒されました。

夜はCatherineの実家にお呼ばれ。

列車とバスを乗り継いで郊外のVichという村に向かう。

お母さん手作りの料理が絶品!

中国からの参加者、おっつん(尾辻大阪府議)などと共に、みな年代が近いこともあって大いに盛り上がった。

4月2日

東京の事務所からの電話で朝7時に目覚める。

寝起きからジュネーブの会議用に原稿を手直し。

9時半、ホテルを出て散歩。

フルヴィエールの丘と15世紀そのままという麓の旧市街を歩く。

11時にArmandとリヨン駅へ。

帰国前のパリでの再会を約束する。

列車でジュネーブへ。

パスポートコントロールを過ぎると、今回のホストファミリーである

MiguelとFrancesco、2年ぶりに再会するジュンコさんが待っていた。

ステイ先となるMiguel & Francesco宅へ向かう。

二人が暮らす家がとってもステキ。きっと快適に過ごせるだろう。

Miguelは国連職員。フランス語、英語、スペイン語、ポルトガル語が話せるという。

Francescoは時計メーカーに勤務。フランス語、スペイン語を話す。

二人は現在、市条例にもとづく同性カップルとなっている。

来年には、同性間のパートナーの権利を大幅に拡充する新法が連邦単位で施行され、同性カップルも男女の結婚に近い権利が持てるようになる、とのことだ。

誠に仲むつまじく微笑ましい。

夜は、友人・晃一さん宅でのホームパーティに3人で出かける。

同じ会議に参加しているおっつん(尾辻大阪府議)たちとも合流して、国際色豊かな夕べを楽しんだ。

4月1日

ほぼ4日ぶりにまとまった時間寝てやや体調回復。

午後から、市立図書館に向かう。

行政がトランスジェンダーのシンポジウムに積極的に取り組むのは、事実上これがフランスでも始めてだという。

まずは、Jamisonの講演を拝聴。

内容はFtM(女性から男性へのトランスジェンダー)のビジビリティについて。

貴重な映像盛りだくさんで興味深い。

そうこうしている間に、急な通訳をお願いした三原さん到着。

にわかに1時間弱の打ち合わせ、そのまま講演が始まる。

先にベネスエラから参加しているTamara Adrianが講演。
ベネスエラから参加しているTamara Adrianと (彼女は最近、国政にチャレンジ。正式立候補に必要な署名を9割まで集めたが、チャベス大統領による反対派の政界進出を阻む法改正もあって未完に終わる。彼女は新たに政党を組織し次なる挑戦を始めている)。

彼女が話し終わった時点でスケジュールが大幅超過。

会議の様子最終話者の私も話を端折って30分弱の講演を行った。
内容は「日本のトランスジェンダーの歴史的背景と近年の政治的な進展について」

通訳者の尽力に助けられ、参加者にも好評裡に講演を終えることができた。

重ねがさね感謝です。m(_ _;)m

TamaraとそのワイフのMaky、JamisonとコーディネーターのArmandと夕食ではTamaraとそのワイフのMaky、JamisonとコーディネーターのArmandがまわりに座り、共通言語が英語になったのでかなり盛り上がる。

Makyの話してくれた、ベネズエラ・チャベス大統領の政治手法と、パートナーの性別移行を受容した経験が興味深かった。

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