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あや流!一期一会日記(8月
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8月24日

朝から区庁舎へ。議会運営委員会に出席する。

主題は、9月15日から予定されている第3回定例会の議事日程について。

いよいよ35日間にわたる定例会が迫ってきた…。

議員控室のフロアには多くの理事者の姿。

向かいの会議室では、会派ごとに補正予算の説明なども始まり三々五々、各所管からの説明が行われているようだ。

並びの会議室では、新たに導入される窓口自動発行機について、期間限定のデモンストレーションが行われているので見学。

見れば、発行機は視覚障害のある方に不評なタッチパネルだが、視覚に不自由がある方のためにハンドセットによる音声対応と、テンキーによる入力操作が可能になっている。画面も日英による二ヶ国語表示が可能。下方の蹴り込みが深く、車椅子対応にも配慮があると見える。

一般的な見解からは概ねバリアフリーを達成している発行機だが、試してみてもハンドセットによる音声拡声機能は無い様子。

うーん。

盲ろう、弱視難聴の人にとってはやっぱり使いにくいんだろうな…。

ハンドセットの音声が大きくできるのか、機器導入後の運用時間がどうなるのか、追加資料の提供を担当の方にリクエストする。

昼食時のレストラン、午後の控室と続いて、他会派の議員さんとご一緒する。議会の懸案への対応について、しばしディスカッション。

このところずっと悩んでいた問題で率直な議論ができ、やや頭が整理できた。

区の所管への情報請求、他自治体の担当者に電話取材。

お会いいただく先々へのアポ取り、関連書籍の注文、資料の整理……すっかり控室の机の上は山と化している。

しばし格闘しているところに車椅子利用のご近所さんがヒョッコリお訪ねくださる。

移動保障の問題で精力的に活動している方もご一緒で、久しぶりの再会が嬉しい。

勉強になる話も聞くことができて感謝です。

あ〜、来月からはじまる定例会、気が重くなってきた。

定例会中に設置される決算特別委員会の質問もあいまって、一人会派は、全領域8回分の質問準備が必要だ。

「ど〜しよ〜。質問の整理が追いつかないよぉ」

仲の良い同僚議員に高まるプレッシャーをグチってみたが、、、

「大変だね〜。あたしは今回、一領域だけだから…」と余裕で返された (^_^; ヾ

複数議員の会派で議論を収斂してゆく大変さ、人間関係、力関係のイロイロもよく聞く話である。

全体意思が尊重されるゆえ、自分の問題意識や意見がソックリ反映できないジレンマもある。

この点、自分で発想し自分で判断して発言できる自由度が一人会派にはある。

その分、負荷や責任も大きくはあるけれど…。

春の予算委員会と秋の決算委員会、体重までがガクンと減るこのシーズンは、チームプレイの同僚がちょっとだけウラヤマシイ。

8月1日

神楽坂へ。

トランスジェンダーのミニコミ誌、『FTM日本』の10周年記念フェスティバルに出かける。会場の方々に懐かしい顔。

昨年夏に成立した性同一性障害特例法において、与党プロジェクトチームの座長を務め、その先導役を果たされた自由民主党の南野知惠子参議院議員もお見えになっている。

ひさしぶりのお顔拝見。

先の参院選での再選のお祝いを申し上げ握手を交わす。

同法は7月16日に施行となり、先月28日には、那覇家裁において初の性別の変更を認める審判があった。

法の施行から2週間と経っていない思いがけない早い決定にちょっと驚いた。

地元、沖縄でカウンセリングを受け、海外で手術を受けた20代の学生さんが第一号とのこと。

家庭裁判所の審判を必要とする性別の変更については、実質的な審理条件がより厳しいものとなるのでは?という不安の声も少なくなかったのだが、今回の第一号の報で、その運用に関して明るい兆しを覚えた向きも少なくなかったと思う。

取材記事の文面からも、本人と周囲の方々の喜びの様子が伝わってきた。

素直に良かったなぁ〜とおもう。

遠くから本当におめでとう!!

10周年フェスティバルのプログラムの合間、友人、知人でもあるお子さんを持つ当事者の方々から率直な思いが語られる。

施行された特例法ではお子さんを持つ当事者は適用から除外されている。今後のさらなる法改正の必要性を改めて強く印象付ける。

共感できるメッセージだった。

人前にその姿をあらわし、直接の声を発信する人たちの多さに、一人ひとりを取り巻く社会の急速な変化、時の流れを思う。

私が性の移行に踏み出した当時は、性同一性障害という定訳さえなかった。

埼玉医大に端を発する医療の公式な動きもまだ公にならず、社会に巣くう当事者のイメージは享楽的で恣意的な生き方、あるいは理解しがたく暗い否定的なものであった。

そんななか、性の移行を周囲に知られることは、家、家族、友人たち、そして仕事…つまりは生活の全てを失うことを意味する…そんな危機感を多くの当事者は共有していた。

そんなシンドイ時代に、虎井さんは『FTM日本』の発行を始めたのだった。

いったいどれだけの人が励まされたことだろう。

私もそうやって彼に勇気づけられた1人だったと思う。

10周年記念、本当におめでとうございます。m(_ _)m

そしてあらためてありがとう!を伝えたい。

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