やっとのことで午後、6月定例会での一般質問を終える。
今回の質問の内容は、
@ 障害者スポーツの振興について
A 「待つ」広報広聴から「出向く」広報広聴への変革につ
いて
実際の発言内容については、上川あやサイトの議会活動報告をご覧いただきたい。
今日の質問当日までに、何度、担当部局と話し合ったであろうか…(-.-;)
特に、広報広聴に関する私の質問に関しては、会期が近づくに従って、予想される答弁は後退。
結果としてあいまいな玉虫色の答弁となる気配があった。。。
聞こえてくるのは、美辞麗句であるが肝心の中身がないのだ!
「区民の目線に立つ」「聞く耳を持つ」と繰り返し表明し、タウンミーティングなどの取り組みを通して、区民の間に積極的に入っていく区長の姿勢に比較して、いずれの所管にも区民と積極的に接点を持ち本来のニーズを把握しようとの動きはあまりにニブイ。
正直、「区長は区長」という感じ。
後に続く気概は決して見えてこないのである。
質問通告後、開会が近づくにつれ態度が硬化したことから考えて、答弁をめぐる庁内の検討会で難色を示す声があったのだろうと推測する。
区長が流れを変えようと率先したアクションを見せようとも、区政の一部には依然「待つ姿勢」を崩さない、内なる抵抗勢力がいるようである。
とはいえ「煙に巻かれて終わり」に甘んじるつもりはない。
議会は言論の府。いずれの論がより理にかなっているのかを、議会の場で正面から問うことをテコに譲歩を迫る。
かくして、定例会が開催されて以降も、粘り強く所管との話し合いは続いた。
特に登壇を前にしたここ数日は、本会議前の朝、本会議を挟んだ昼、終わって晩ともに担当職員と折衝を繰り返した。
納得できる中身に流れが変ったのは、ようやく質問当日の朝だ。
ふぅ。(-.-;)
およそ8分半、本会議場で登壇。一般質問を行う。
自席に戻って、2度の再質問に立つ。
私に許された合計10分間をフルに使って、残余数秒でフィニッシュ。
「いただいたご答弁ですが、これまでの数少ない取組みを探し出して並べ立て、さも十分な取組みが既にあるかのように見せているに過ぎません。何ら前向きな内容を伴わない、いわば粉飾決算です!」
「玉虫色の答弁は不要です。再度、積極的に検討するつもりがあるのかないのかお答えください」
再質問を行い、ようやく所期の答弁をもらう。
この質疑の模様を本会議場やネット中継でみた方からすると、糾弾調の議会質問になっていたハズ。
これだけ見ると、私ってコワモテなイメージになるのかもなぁ…(^-^;。
実際に壇上に立つ「テイクオフ」までの、条件整備、話し合いを続けている助走って外からは見えないから、水面下を想像しないと「何もあんなに怖い顔しなくてもねぇ…」と思われそうだ。。
別にね、穏便に双方の話し合いがつけばそれでいいんです。
…でもね、ハードルが高い問題であるほど、議論を尽くさなければ前進ある答弁なんて取れないっていうのが私の感じるところなのである。
質問にいたるまでには、現場に足を運び、幾人もの方から話を伺い、たくさんの資料を探しもとめて読み込んで準備を重ねている。
発言内容を書こうとパソコンに向かっても、言葉が溢れて入力が追いつかず、いつも現行の大幅削減を強いられる。
お話くださった方々の言葉や表情を思い出せば、安易に「仕方ないですね」なんて言葉は吐けないよって思う。
「ここで私が踏ん張らなくちゃダメだよね!」って感じるのだ。
これまでの議会活動で、さまざまに話し合いを重ねた中で、いろんな顔が見えてきた。
お会いする職員1人ひとりの素の感性は伸びやかであったりもし、問題の本質を共有していると見えるときもある。
尊敬できる職員の方々とお話し、学べることは幸いだし、こうした人たちが区政の現場にいることは、基本的な資質を問う意味では救いにも思える。
なのに何故? 実際の対応となるとこうも鈍重になるのか?
「役所組織」の集団心理?、恐るべしである。
「よどみ、シガラミを払拭する」「流れを変える」と区長は繰り返し表明している。
波紋がひろがり、流れが変るまでには、まだまだ掻き混ぜる「何か」が必要なようである。